言葉
僕は言葉が嫌いだ。
でも言葉にたくさん救われる。
だから言葉に思い出がいっぱいだ。
結局は大好きだってことかもしれない。
嫌いと好きって本当に反対なんだろうか。
『ひでと君は本当に平和な世界にいるべきなのかもしれない。』
『毎日が楽しく過ごせるならそれでいいじゃんか。でもそういう意味では
長尾は俺の分身かもしれない(笑)。』
『いい加減なことばっか言って(笑)。』
『小さい嘘のマシンガン使いだって。』
『人間、歳をとるとろくなこと覚えない!』
ちゃんと真面目に答えてるのに…。
『もう口聞かない!』
『ただからかっただけじゃんか(笑)。ごめんごめん。』
『しゃーなしで許すとして何を食べさせてくれるの?』
『かなり定番なのですがピザなんか食べたくないですか?』
『なんか今日はピザの感じじゃないなぁ。』
『今、ピザ以外を食べると精神的食中毒を起こしそうなのですが…。』
『みんな、毎日食べたいものばっか食べてるわけじゃないの!野菜
を摂りなさい!』
『盛り下がるかもしれないですが、僕はシマウマじゃないので…。』
『つまらん。』
なんて日常の恋人の会話の中にも確かにメッセージは込められていて。
僕は今日、言葉を使う人間としての未熟さにずっと頭を抱えてた。
頑張ります。
心を越えることはないとしてもそれでも僕は学びたい。
※劇中会話はフィクションだよ。
もう眠い。。。
一週間が始まりますな。
さて、今週も頑張りますか。
私は今から夢の旅路へ。
人生輝き続けたいですね。
ステイゴールド!
ソウ
見方を変えると
お父さん的な目で見ています。
そんな助言をもらってから。ライブ中に、メンバーやみんなを。
ライブとは関係ないところで、そんな目線で人と接すると、いろいろ許せてくるもんなんだなぁ。
かといって、ズバズバ言い過ぎてるかなとも思う反面も。
ま、物事がよくなればと思って。
包み込むようにもっと大きくなれ。
ソウ
I want you back
やぶです。
また一人、リアルな世界から伝説へと旅立ってしまった。
僕はマイケルジャクソンにはそれほど造詣が深いわけではない。
ソウルやブルースが好きだった若いころによく聞いたのは、彼のソロの作品よりもジャクソン5でした。
Never can say goodbyeって曲がすごく好きで。
イントロのギターによく溶ろけてました。
これからどんな世界を見せてくれるのかと復活を楽しみにしていたのに。
本当に残念です。
今、これを書きながら「EarthSong」を聴いています。
ご冥福をお祈りします。
いつか終わってしまうこの世界で
2009年06月24日(水) 東京・渋谷・O-Crest
ダイヤモンド→ハローハロー→フリスビー→誰かが君に恋してる→サマームービー→everybody needs somebody
僕の生きる世界はやはりステージの上にありました。
どうもありがとう。
少し昔話をしてもいいですか?
僕の通ってた小学校と中学校の話。
僕の学校には体の大きくて正義感の強い男の子がいました。
昭和の番長制度みたいなものはなかったけれど、何かあっても彼が出て行くと揉め事も片付く、ってそういう存在の男の子。
彼が居てくれたおかげで、いじめなんかもなくて過ごし易い学校生活だった。
そして彼は僕の大切な友達でした。
僕が初めて聴いた洋楽のCDはそんな彼が貸してくれたMichael Jacksonの『DANGEROUS』でした。
別の話。
兄先生と知り合って最初に言われたのは耳を鍛えなさいってこと。
それにはクラシックロックを聴くといいって。
今の音楽の成り立ちがそこには全て詰まってるって。
僕はクラシックロックにいまいち興味が持てなくて(その頃はビートルズも知らなかったから(笑)。)昔のCDって引っ張り出して来たのはやっぱり同じのだった。
ロックじゃないんですがいいですか?って知り合ったばかりの兄先生に恐る恐る聞いてみたら今と変わらない調子で『悪くない。』ってさ。
そうです。
今日は思い出を振り返ってもいい日なのでした。
誰かの前を照らすのは自分の足元を照らすのと同じことだって、僕の好きな言葉。
行動指針と言ってもいいかもしれない。
でもそれは逆に言えば痛みを抱えてるなら自分以外の誰かを癒さなきゃいけないということにならないだろうか。
もしそうならHeal The World って歌ったその人は誰よりも痛みを抱えてたのかもしれない。
ちょうど先週くらいからまた右耳の調子が悪くなって(あまりに痛いので耳だとは気づかなかったけれど(笑)。)、でもライブ日程が詰まっていたために病院にもいけず、なかなかハードルの高い一週間でした。
今は病院で見てもらって、一週間くらい静かな世界で無口に暮らせば大丈夫だとスタンプを押してもらいました。
ライブもないし、ちょうど良かった。
でもさすがにそれまでの一週間は目の前の痛みじゃなくて、もっとあやふやな不安が頭の先にずっと、それこそ濡れた前髪みたいにかかっていました。
でもね、遠くボンヤリした音像の向こう側でみんなが鳴らしてくれたeverybody needs somebodyやbeautiful noiseを感じた時に思った。
受け取ってもらえたって。
ミュージシャンというのは高い演奏技術を習得しなきゃいけないのはもちろんで、やっぱり大切なのはどんな風景を届けられるかというに尽きると思う。
僕の描いた風景は届いたんだって。
鈍いってことが強いわけじゃない。
強さっていうのは痛みを抱えてる。
また教えてもらいました。
どうもありがとう。
こんな僕に言えることがあるとすれば、今感じてる君の痛みは君の弱さじゃないということ。
大げさなやつだって笑うかもしれないけれど笑いたいやつは笑わせとけばいい。
いつか終わってしまうこの世界で、夢みたいな魔法みたいな愛の歌を。